心理学者 / social

ソロモン・アッシュ

ソロモン・アッシュ

アメリカ合衆国 1907-09-14 ~ 1996-02-20

ポーランド出身アメリカの社会心理学者・ゲシュタルト派 (1907-1996)。1951年スワースモア大学で行った「同調実験」で、明白に誤った多数派意見にも被験者の3分の1超が同調することを示した。印象形成研究 (1946) では「温かい/冷たい」が中心特性として全体印象を変える発見を残した社会心理学の古典である。

この人から学べること

アッシュの同調実験は、現代の組織会議とSNS時代の「沈黙のスパイラル」を理解するための古典的レンズである。会議で「全員が賛成」に見えるとき、その実体は同調圧力下の沈黙でしかない可能性が高く、たった一人の異議者がいれば集団は健全な議論に戻ることが、彼の研究で実証されている。投資家・経営者にとっての実践は明確だ。重要な意思決定の前に「悪魔の代弁者」を儀礼的に任命し、最初の異議者になる勇気を社内文化として制度化することは、長期的なリターンの大きな差として現れる。SNSのバズや株式市場の熱狂も、3人以上の「最初の同調者」で急速に飽和することが彼の実験から推測でき、安易に流れに乗らないという判断力の確固たる心理学的根拠となる。近年の再現実験では同調率はやや低めに出ており、文化と時代の差にも常に意識的でありたい。

心に響く言葉

ほとんどの社会的行為は、その文脈においてのみ理解されうる。文脈から切り離されると意味を失う。社会的事実について考える際の最大の誤りは、その場と機能を見落とすことである。

Most social acts have to be understood in their setting, and lose meaning if isolated. No error in thinking about social facts is more serious than the failure to see their place and function.

我々の社会における同調への傾向はあまりにも強く、知的で善意ある若者でさえ、白を黒と呼ぼうとする。これは憂慮すべき事態である。

The tendency to conformity in our society is so strong that reasonably intelligent and well-meaning young people are willing to call white black. This is a matter of concern.

支持してくれる仲間が一人いるだけで、多数派の力は大きく削がれる。個人への圧力は4分の1にまで減少する。

The presence of a supporting partner depleted the majority of much of its power. Its pressure on the individual was reduced to one fourth.

多数派の圧力に対する基本的な態度は「独立」と「同調」の二つであり、ほとんどの被験者は両方を程度の差で示した。

Independence and conformity were the two main attitudes toward the majority pressure, and most subjects exhibited some of each.

人を知るとは、ひとつの特有の構造を把握することである。

To know a person is to have a grasp of a particular structure.

生涯と功績

ソロモン・エリオット・アッシュは1907年9月14日、ロシア帝国領のワルシャワでユダヤ系の家庭に生まれた。少年期を中部ポーランドのウォヴィチで過ごし、1920年に13歳で家族とともにアメリカへ移民。マンハッタンのロウアー・イーストサイドという、ユダヤ系・イタリア系・アイルランド系移民が密集する地域で育つ。英語が話せない少年は学校の授業についていけず、チャールズ・ディケンズの小説を独学で読むことで言語と思考を磨いた。タウンセンド・ハリス高校を経てニューヨーク市立大学シティカレッジに進み、文学と科学を並行して学び、ウィリアム・ジェイムズの著作に触れて心理学を志す。1928年に学士号、コロンビア大学に進み1930年に修士、1932年に博士号を取得した。

博士課程では当初は人類学を学び、フランツ・ボアズとルース・ベネディクトの指導下で子どもの社会化研究に従事した。コロンビアで若手教員だったゲシュタルト心理学者マックス・ヴェルトハイマーと出会い、生涯の師となる。ヴェルトハイマーの「全体は部分の和ではなく、全体の本質が部分の理解を根本的に変える」という命題が、彼の社会心理学全体の基調となった。1932年からブルックリン・カレッジで教歴を始め、1943年にニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチに移ってヴェルトハイマーの後任となる。1947年にスワースモア大学に転じ、19年間ここでゲシュタルト派の拠点を築いた。

第二次大戦後の彼の関心は、プロパガンダと集団圧力に集中した。1946年の論文「人格についての印象形成」では、知的・勤勉・実務的・慎重などの形容詞リストに「温かい」「冷たい」を入れ替えるだけで、被験者が形成する全体印象が劇的に変わる現象を示した。「温かい」「冷たい」は中心特性 (central trait) であり、「礼儀正しい」「ぶっきらぼう」のような周辺特性とは決定的に異なる――この発見は後の社会的認知研究と偏見研究の出発点となる。

最も有名な業績は1951年に始まり1956年に Studies of Independence and Conformity として完成した「同調実験」である。被験者は7-8人のサクラと一緒に、明らかに長さの違う線分を選ぶ単純な視覚課題に答えさせられる。サクラ全員が誤った同じ答えを返す状況で、本物の被験者の約75%が少なくとも一度は誤答に同調し、12回の批判試行のうち平均で約3分の1の回答が同調した。一方、被験者の23%は完全に独立を保ち、4.8%は完全に同調した。多数派サイズは1人から3人で急増した後ほぼ飽和し、たった1人の同志がいれば同調圧力は劇的に減少した。実験後の面接で多くの被験者が「答えが間違っていることは分かっていたが目立ちたくなかった」と告白し、これは規範的影響 (normative influence) と情報的影響 (informational influence) の区別、後の社会心理学の二大概念として定着した。

プリンストン高等研究所滞在中の1958-1960年、若き日のスタンレー・ミルグラムを研究助手として育て、後の服従実験 (1961) の直接の系譜となった。1980年代に入ると、彼自身は社会心理学が表層的・断片的になり、人間の核心問題に踏み込まなくなったことを公然と憂え、晩年の論考に厳しい反省を残している。1996年2月20日、ペンシルベニア州ハヴァーフォードの自宅で88歳で死去。

専門家としての評価

ゲシュタルト派の正統な後継として、社会心理学を「全体としての場」の科学に位置づけ直した人物。ヴェルトハイマー、ケーラーら創始者世代と、彼の指導を受けたスタンレー・ミルグラム (服従実験)、ハロルド・ケリー (帰属理論) を結ぶ要となった。同調実験 (1951) は印象形成 (1946) と並ぶ社会心理学の二大古典であり、2002年の総合学術調査では20世紀41番目に著名な心理学者と評価されている人物である。

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よくある質問

ソロモン・アッシュとは?
ポーランド出身アメリカの社会心理学者・ゲシュタルト派 (1907-1996)。1951年スワースモア大学で行った「同調実験」で、明白に誤った多数派意見にも被験者の3分の1超が同調することを示した。印象形成研究 (1946) では「温かい/冷たい」が中心特性として全体印象を変える発見を残した社会心理学の古典である。
ソロモン・アッシュの有名な名言は?
ソロモン・アッシュの代表的な名言として、次の言葉があります:"ほとんどの社会的行為は、その文脈においてのみ理解されうる。文脈から切り離されると意味を失う。社会的事実について考える際の最大の誤りは、その場と機能を見落とすことである。"
ソロモン・アッシュから何を学べるか?
アッシュの同調実験は、現代の組織会議とSNS時代の「沈黙のスパイラル」を理解するための古典的レンズである。会議で「全員が賛成」に見えるとき、その実体は同調圧力下の沈黙でしかない可能性が高く、たった一人の異議者がいれば集団は健全な議論に戻ることが、彼の研究で実証されている。投資家・経営者にとっての実践は明確だ。重要な意思決定の前に「悪魔の代弁者」を儀礼的に任命し、最初の異議者になる勇気を社内文化として制度化することは、長期的なリターンの大きな差として現れる。SNSのバズや株式市場の熱狂も、3人以上の「最初の同調者」で急速に飽和することが彼の実験から推測でき、安易に流れに乗らないという判断力の確固たる心理学的根拠となる。近年の再現実験では同調率はやや低めに出ており、文化と時代の差にも常に意識的でありたい。