心理学者 / developmental

ローレンス・コールバーグ
アメリカ合衆国 1927-10-25 ~ 1987-01-17
アメリカの発達心理学者 (1927-1987)。ピアジェの認知発達理論を道徳判断へと拡張し、慣習以前・慣習・脱慣習の3水準6段階という「道徳性発達理論」を提示した。ハインツのジレンマで知られ、ハーバードに「ジャスト・コミュニティ・スクール」を実践した。20世紀30番目に著名な心理学者と評される一方、女性研究者ギリガンからの批判を受けた人物である。
この人から学べること
コールバーグの段階理論は、現代のビジネス倫理・法曹教育・医療倫理研修の隠れた基盤として残っている。「コンプライアンス研修で社員が罰を恐れて従う」のは第1段階、「法律を守るから正しい」のは第4段階、「内部告発者の倫理的決断」は第5-6段階という地図は、企業倫理プログラムの設計に直接の指針を与える。投資家にとっても、判断の根底に何があるか――罰への恐れ、所属集団の慣習、それとも普遍的原理――を自問することは、流行と熱狂に巻き込まれない強力な防具になる。一方、彼の理論には限界も明確で、近年のジョナサン・ハイトらの研究は「道徳判断はまず直感、後から推論」を実証している。論理的に最高段階を語れても行動が伴わないギャップを認め、教育を「推論訓練」だけでなく「習慣形成」と組み合わせる視点が現代では重要だ。
心に響く言葉
道徳の発達は生涯にわたって続き、研究はやがてその哲学的含意をめぐる対話までも生み出していく。
Moral development continues throughout the life span, even spawning dialogue of philosophical implications of such research.
ハインツのジレンマが暴き出すのは、人が選んだ結論ではなく、その結論を正当化する推論の構造である。
The Heinz dilemma exposes not the choice a person makes, but the structure of reasoning that justifies the choice.
正しい行為は、社会全体が批判的に検討し合意した普遍的な個人の権利と基準にしたがって定義される。
Right action tends to be defined in terms of general individual rights and standards which have been critically examined and agreed upon by the whole society.
教育の目的は、発達そのものでなければならない。
The aim of education should be development.
他者と差異を真剣に擦り合わせることによってのみ、私たちは自分自身の信念の限界を理解できる。
Only by settling our differences with other members of the group can we actually understand the shortcomings of our own beliefs.
生涯と功績
ローレンス・コールバーグは1927年10月25日、ニューヨーク州ブロンクスビルで、ユダヤ系ドイツ移民の実業家アルフレッド・コールバーグとドイツ系クリスチャンの化学者シャーロットを両親に生まれた。4歳で両親が別居、14歳のとき完全に離婚するまで、4人きょうだいで両親の家を半年ごとに往復する生活を送る。マサチューセッツ州のフィリップス・アカデミー在学中に第二次大戦が終結し、戦後すぐ商船員となった。彼が乗り組んだのはハガナーの船で、ナチスから逃れたユダヤ難民をルーマニアからパレスチナへ密航させる任務に従事していた。英国海軍に拿捕されキプロスの抑留収容所に送られたが脱出、1948年のイスラエル建国期にパレスチナに滞在した。武力闘争には加わらず、非暴力活動に注力したことが、後年の道徳発達研究の根の一つとなる。
1948年にシカゴ大学に入学、試験単位制度を利用してわずか1年で学士号を取得。1958年に同大学で博士号を取得した。博士論文「10歳から16歳までの道徳判断と道徳選択の発達」は当時としては異例の主題で、刊行までに5年を要する。シカゴ時代に彼はジャン・ピアジェの『児童の道徳判断』(1932) と、ジョージ・ハーバート・ミード、ジェームズ・マーク・ボールドウィンの社会哲学を読み込んでいた。1958年、エール大学心理学部の助教授として教歴を始め、1962年シカゴ大学に戻り、1968年にハーバード大学教育大学院の教授に就任した。
彼の方法は「ハインツのジレンマ」に代表される仮説的道徳問題の半構造化面接である。妻を救うため高価な薬を盗むべきか――被験者の選択ではなく、選択を正当化する論理構造を6段階に分類した。慣習以前 (罰の回避・道具主義)、慣習 (対人同調・法と秩序)、脱慣習 (社会契約・普遍的倫理原理) の3水準6段階モデルは、シカゴの少年72人を10年以上追跡した縦断研究で実証された。後にトルコ・台湾・メキシコへの横断的研究で文化普遍性も検証している。1979年のジェームズ・レストによる「定義問題テスト (DIT)」は、彼の段階理論を多肢選択式に翻案して標準的測定具となった。
教育実践では、道徳的範例 (ソクラテス・キング・リンカーン) の生涯を学ぶ方法、道徳的ジレンマ討議、そして「ジャスト・コミュニティ・スクール」を提唱した。後者は1974年から実際に学校で運営された民主的自治プログラムで、生徒と教師が同等の一票で校則を決める仕組みであり、彼自身が1948年にイスラエルのキブツで体験した直接民主制の影響が色濃く反映されている。
一方、最も強烈な批判は1982年のキャロル・ギリガンによるものだった。彼女は『もうひとつの声で』で、彼のサンプルが男性中心 (シカゴの少年72人) であり、女性のケア倫理に基づく道徳発達は「劣っているのではなく、構造が違う」と主張した。彼自身は「ケアと正義は並立する」と一部応答したが、女性のスコアが低いのは性差ではなく教育・職務経験・役割取得機会の差によると論じ、男女差の存在については最後まで意見を異にした。1971年ベリーズでの横断的研究中に熱帯性寄生虫感染にかかり、長く腹痛とうつに苦しんだ後、1987年1月17日にマサチューセッツ州ウィンスロップで車を残してボストン湾に身を投げ、59歳で生涯を閉じた。残された未刊原稿は同僚と弟子たちにより整理・発表され続けている。
専門家としての評価
ピアジェの認知発達理論を倫理学へ橋渡しした人物で、認知発達派 (cognitive-developmental) の代表的論者として20世紀後半の道徳心理学を確立した。エリクソン、ヴィゴツキーと並ぶ発達心理学者であり、教育学への影響は特に大きい。経験的研究 (シカゴの縦断研究) と規範的哲学 (デューイ・ロールズの理想化された脱慣習段階) を融合した点が独自で、その後のジェームズ・レスト、エリオット・トゥリエル、ジョナサン・ハイトの議論はすべて彼への応答である。