心理学者 / experimental

ドナルド・ヘッブ
CA 1904-07-22 ~ 1985-08-20
カナダの心理学者・神経心理学の創始者 (1904-1985)。1949年の代表作『行動の機構』で、同時に発火するニューロン同士の結合が強化されるという「ヘッブの法則」を提唱。脳機能から心理を説明する道を拓き、人工ニューラルネットワークの理論的基盤となった。マッギル大学で長く教鞭を執り、感覚遮断実験は後年CIAの拷問技法への流用が問われた。
この人から学べること
ヘッブの法則「同時に発火する細胞は配線される」は、現代の自己啓発と組織学習の最も実証的な土台である。新しいスキルを習得するとき、関連する概念を同時に・繰り返し・持続的に活性化することで、脳の中で実際にシナプス結合が強化される。これは単なる比喩ではなく、現代ニューロサイエンスが認める実体である。投資家が市場の構造を学ぶときも、経営者が業界知識を蓄積するときも、関連概念を同時想起する練習を意識的に積むことが、長期的な直感力に直結する。一方で彼の感覚遮断研究の倫理問題は別の教訓を残す――研究や事業の成果が、自分の意図しない目的 (CIAの拷問技法) に転用されうるという冷徹な現実だ。AIや脳科学の応用が拡大する現代、ヘッブの遺産は科学者と起業家に「自分の発見が誰の手に渡るか」を問い続ける責任を突きつけている。
心に響く言葉
細胞Aの軸索が細胞Bを発火させるのに十分近く、繰り返しあるいは持続的にその発火に関与する場合、一方または両方の細胞に何らかの成長過程または代謝変化が生じ、Bを発火させる細胞のひとつとしてのAの効率が増大する。
When an axon of cell A is near enough to excite cell B and repeatedly or persistently takes part in firing it, some growth process or metabolic change takes place in one or both cells such that A's efficiency, as one of the cells firing B, is increased.
ある人の動因の強さや不安水準を知っているだけでは、その人が何をするかを予測することはできない。
It is not possible to predict from a knowledge of the strength of a man's drives or from the level of his anxiety what he will do.
我々がマッギル大学で行なった研究は、実のところ『洗脳』の問題から始まった。最初の公表時にはそれを言うことが許されなかった。
The work that we have done at McGill University began, actually, with the problem of brainwashing. We were not permitted to say so in the first publishing.
脳はそれ自体で機能する。我々が知る通り、感覚入力がなくても夢や幻覚と呼ばれる何かを脳は生み出す。
The brain functions on its own; we know that without sensory input it produces something which we call dreams or hallucinations.
動機づけは直接教えることができない。それが生じる条件を整えることしかできない。
Motivation cannot be taught directly. One can only create the conditions under which it will arise.
生涯と功績
ドナルド・オールディング・ヘッブは1904年7月22日、カナダ・ノバスコシア州チェスターの医師夫婦の長男として生まれた。母クララはマリア・モンテッソーリの教育思想に強く影響を受け、8歳までヘッブを自宅で英才教育した。10歳で小学7年に飛び級するほど優秀だったが、11年生で落第し、結局ハリファックス郡アカデミーを16歳で卒業した。当初は小説家を志してダルハウジー大学に入学し、1925年に学士号を取得。チェスターで教師を務めた後、農場労働者として各地を転々とする間にウィリアム・ジェイムズ、ジークムント・フロイト、ジョン・B・ワトソンを読み、心理学に目覚める。1928年マッギル大学院に進み、ヴァーダン高校の校長を兼ねながら、1932年に「条件反射と無条件反射および抑制」で修士号を取得した。
1933年に最初の妻を交通事故で失い、人生のどん底でシカゴ大学のカール・ラシュレーに師事することを決意。1935年にラシュレーと共にハーバード大学へ移り、1936年に視覚遮断ラットの脳の研究で博士号を取得する。1937年にはワイルダー・ペンフィールドのモントリオール神経学研究所に加わり、脳手術や損傷の心理的影響を研究した。子どもは脳の一部を切除しても機能を回復できるが、成人では同じ損傷が壊滅的になる――この観察から「成人の思考過程における外部刺激の重要性」と「前頭葉が学習に重要なのは人生の初期段階だけ」という主張に至った。ヘッブ-ウィリアムズ迷路 (1939) で発達段階別の知能を測定し、これは後にヘッドスタート計画の理論的根拠となる。
1942年フロリダのヤーキーズ霊長類研究センターでラシュレーと再合流し、ここで生涯の代表作『行動の機構』(The Organization of Behavior, 1949) を執筆した。同書で彼は次のように記す。「細胞Aの軸索が細胞Bを発火させるのに十分近く、繰り返しまたは持続的にその発火に関与すると、一方または両方の細胞に何らかの成長過程または代謝変化が生じ、Aの効率が増す」。これがヘッブの法則 (Hebbian learning)、「同時に発火する細胞は配線される」(neurons that fire together, wire together) として、現代のディープラーニングまで続く人工ニューラルネットワーク理論の出発点となった。1947年マッギル大学心理学教授に戻り、1948年から学科長を務めた。彼の門下にはブレンダ・ミルナー、モーティマ・ミシュキンら現代神経心理学の指導者がいる。
しかし1953-54年にマッギルで実施した感覚遮断実験は影を残した。被験者を視覚・聴覚・触覚を遮断した個室に何時間も置き、認知変化を観察したこの研究は、後にCIAの資金援助を受けていたこと、結果がMKULTRA計画など尋問・拷問技法に転用されたことが暴かれる。1958年のハーバードのシンポジウムで彼自身「我々の研究は実は『洗脳』の問題から始まった」と認めている。1953年カナダ心理学会会長、1960年アメリカ心理学会会長、1961年APA特別科学貢献賞、1966年王立協会フェロー。1972年退職後も母校ダルハウジー大学で名誉教授として活動を続け、1985年8月20日に81歳で死去した。
専門家としての評価
神経心理学とニューラルネットワーク研究の創始者として、20世紀後半の脳科学・認知科学・AI研究すべての出発点に位置する。2002年の総合学術調査では20世紀19番目に著名な心理学者と評価され、現代のディープラーニングは依然としてヘッブの法則を最も基本的な学習則として継承している。マッギル大学のヘッブ門下からはブレンダ・ミルナーら現代神経心理学の中心人物が輩出された一方、感覚遮断研究のCIA関与は科学者倫理の重要なケーススタディとして今も論じられる。