心理学者 / cognitive

エリザベス・ロフタス
アメリカ合衆国 1944-10-16
アメリカの認知心理学者(1944-)。1974年の自動車事故映像実験で「動詞の選択が目撃証言を変える」誤誘導効果を実証し、目撃証言の信頼性研究を確立した。1990年代の「回復記憶論争」では偽記憶の科学的検証で抑圧記憶療法を批判、ワインスタイン裁判等300件超で弁護側証言に立った。記憶研究の第一人者である一方、性的虐待サバイバーから激しい論争を浴び続けている。
この人から学べること
ロフタスの記憶研究は現代の投資判断・組織意思決定・採用面接に直接の武器となる。第一に「誤誘導効果」は投資家が自分の取引履歴を都合よく書き換える「ハインドサイト・バイアス」のメカニズムを説明する。日々のジャーナリングと取引ログの即時記録は、自伝記憶の編集を防ぐ事実上唯一の手段である。第二に目撃証言の信頼性研究は、採用面接やパフォーマンスレビューでの「印象記憶」がいかに後付けの情報で再構成されるかを示す。Googleの構造化面接やAmazonの「Bar Raiser」制度が標準化されたチェックリストを使う理由は、評価者の記憶が誘導されないようにするためである。第三にTED 2013で語ったように、「自信・詳細・感情」を備えた語りでも事実とは限らない。スタートアップの創業者ピッチやアナリストレポートを受け取る投資家は、確信度の高さを精度の代替指標にしてはならない。
心に響く言葉
記憶とは、自由のように、脆いものである。
Memory, like liberty, is a fragile thing.
私は記憶の可変性の権威だとみなされている。裁判に携わる人にこう警告する。記憶は自在に変化し、重ね書きが可能だ。無限に書いたり消したりできる広大な黒板のようなものだ、と。
I have been called an authority on the malleability of memory. ... I warn those involved in legal proceedings that memory is malleable, that it can be written over, that it is like a vast blackboard onto which we can write and erase infinitely.
記憶はウィキペディアのページに少し似ている。あなたはそれを変更できるし、他の人も変更できる。
Memory is a bit like a Wikipedia page. You can go in there and change it, but so can other people.
誰かが自信と詳細と感情を込めて何かを語ったからといって、それが実際に起こったとは限らない。
Just because someone tells you something with a lot of confidence and detail and emotion, it doesn't mean it really happened.
これらの結果は、ある出来事の後に問われた質問が、その出来事の記憶を再構成しうるという見解と一致する。
These results are consistent with the view that the questions asked subsequent to an event can cause a reconstruction in one's memory of that event.
生涯と功績
エリザベス・F・ロフタス(旧姓フィッシュマン)は1944年10月16日、カリフォルニア州ベルエアのユダヤ系家庭に生まれた。父は医師、母は司書だったが、14歳の時に母が溺死しており、この体験が後に偽記憶研究の遠い動機を形成したと本人が証言している。UCLAで数学と心理学を学び1966年に学士号、スタンフォード大学で1967年に修士号、1970年に数理心理学博士号を取得した。1970-73年にニューヨークの社会研究新学校で認知心理学者として勤務した後、1973年からワシントン大学に移り、現実世界の刑事事件と記憶研究の接続という独自の研究プログラムを開始することになる。
1974年の代表的実験で、彼女は45人の学生に自動車衝突映像を見せ、速度を質問する際に動詞を変えた条件(collided=32mph、hit=34mph、smashed=41mph)が想起値を有意に変えることを示した。「事象後に提示される情報が記憶を再構成する」という結論は、当時の「記憶=録画ビデオ」モデルを根底から覆した。1975年にはワシントン州で目撃証言の信頼性をテーマとする初の専門家証言を実施し、以降テッド・バンディ、O・J・シンプソン、ロドニー・キング、マイケル・ジャクソン、ハーヴェイ・ワインスタイン、ギレーヌ・マクスウェルなど300件を超える裁判で弁護側専門家として証言した。
1990年代、彼女の研究は社会的衝撃を持つ第二段階に入る。1990年のジョージ・フランクリン事件(娘が20年前の殺人を「回復記憶」で告発)を契機に、彼女は抑圧記憶療法への批判を強める。学生ジム・コーアンが弟に対して「モールで迷子になった」偽記憶を植え付ける実験を実施し、ロフタスは追試で25%の被験者がモール迷子経験を「思い出す」ことを示した。さらに332名の学部生対象の追加研究では、ディズニーランドで薬物依存のプルートに耳を舐められたという偽の話を3分の1が事実として受け入れた。1994年の著書『The Myth of Repressed Memory』(共著キャサリン・ケッチャム、邦訳『抑圧された記憶の神話』誠信書房2000)では、当時広まっていた「回復記憶療法」の科学的根拠を解体し、Memory Warsと呼ばれる論争の中心人物となった。1995年には『Psychiatric Annals』で記憶研究者としての立場を体系化し、2002年Review of General Psychologyで20世紀心理学者の影響力58位(女性最高位)に選出された。
光と影は同時に走った。1997年のジェーン・ドウ事件介入では、性的虐待サバイバーが被験者のプライバシー侵害でロフタスを提訴、21ヶ月間ワシントン大学の調査を受けた末に大筋無罪となるが、2003年Taus v. Loftus訴訟へと続き、最終的に7,500ドルの保険会社和解で決着した。米国心理科学協会(APS)フェロー受賞時には抗議が起き、講演にはボディガードが付く事態となった。彼女は偽記憶症候群財団の科学者諮問委員でもあり、ベッセル・ヴァン・デア・コーク、ジェニファー・フライドらトラウマ研究者は記憶抑圧の臨床的実在を主張して反論を続けている。記憶の脆弱性という科学的事実と、刑事司法・被害者支援に与えるリスクのトレードオフは、現在も未決の論題である。
専門家としての評価
ロフタスは認知心理学を法廷・刑事司法の場に持ち込んだ第一人者であり、誤誘導効果と偽記憶の実験的実証で「記憶=録画」モデルを再構成主義モデルへ転換させた。2002年Review of General Psychologyで20世紀心理学者58位(女性最高位)に選出。一方で抑圧記憶論争では性的虐待サバイバーやトラウマ研究者と未決の対立を抱える。記憶科学の標準形を樹立した功績と、被害者支援への影響という影が同居する。