心理学者 / developmental

メアリー・エインスワース
アメリカ合衆国 1913-12-01 ~ 1999-03-21
米国・カナダの発達心理学者 (1913-1999)。師ボウルビィの愛着理論を実証研究で確立した。1965年考案の「Strange Situation 手続き」で乳児の愛着行動を観察し、安全型・回避型・抵抗型の3類型 (後に無秩序型を追加) を提示。著作『Patterns of Attachment』(1978) は発達心理学の古典となった。
この人から学べること
エインスワースの3類型 (後に4類型) は、現代の対人関係と組織マネジメントを読み解く実用ツールになる。安全型は不安を率直に伝え、再会で安堵する。回避型は分離時に動じないが内的にはストレスホルモンが上昇している。抵抗型は分離前から不安が高く、再会後も慰めにくい。大人になっても恋愛・職場で同じパターンが再演されることが研究で示されている。リーダーシップの文脈では、メンバーが回避型なら「困っていそうでも自分から言わない」、抵抗型なら「過剰にしがみつくが安心しない」とパターン認識ができ、適切な距離調整ができる。一方で Strange Situation は中産階級米国家庭で標準化されたため、日本やドイツでは異なる愛着分布が出ることが知られる。文化差を無視して「うちの子は回避型」と決めつけない慎重さも重要。
心に響く言葉
家族の安心が欠けるとき、個人は活動の拠り所となる「安全基地」を持てないハンディキャップを負う。
Where family security is lacking, the individual is handicapped by the lack of a secure base from which to work.
児童発達を志すすべての研究者に、異文化でのフィールドワークを義務づけられないのが残念だ。
It is a pity that one cannot require field work in another society of every aspiring investigator of child development.
愛着とは、ある人物が特定の他者と結ぶ情緒的な絆であり、空間的に結びつけ、時間を超えて持続するものである。
An attachment may be defined as an affectional tie that one person forms to another specific person, binding them together in space and enduring over time.
乳児は母親を「安全基地」として、そこから世界の探索に出ていく。
The infant uses the mother as a secure base from which to explore.
生涯と功績
メアリー・ディンズモア・エインスワース (旧姓ソルター) は、1913年米国オハイオ州グレンデールに生まれ、5歳でカナダ・トロントへ移住した発達心理学者である。師ジョン・ボウルビィの愛着理論を観察研究で実証し、現代発達心理学の中核を成すパラダイムを共に確立した。20世紀心理学者ランキング97位。
読書好きの利発な少女で、3歳から本に親しみ、15歳でウィリアム・マクドゥガル『性格と生活指導』に出会い心理学を志す。父との温かい関係と母との疎遠さは、後年の安全基地概念に通じる原体験となった。16歳でトロント大学に入学し、心理学学位課程の名誉コースに選抜された5人の1人となる。指導教官ウィリアム・ブラッツの「安心理論 (security theory)」は、依存と独立の段階的な発達を扱う先駆的枠組みであった。彼女の博士論文 (1939) は既に「家族の安心が欠けると個人は安全基地を持てない」と論じており、後年の研究のすべての萌芽がここにある。第二次大戦中はカナダ女性陸軍部隊に従軍し、少佐まで昇進。臨床評価と人事審査を担当した経験は、後の観察法の精緻さに繋がった。
1950年にレナード・エインスワースと結婚しロンドンへ移った時、彼女の人生は決定的な転機を迎える。タビストック・クリニックでボウルビィの研究チームに加わり、母子分離の影響研究に従事した。1954年、夫の異動でウガンダのカンパラに移ると、現地語を学びながら6村の家族と詳細な面接を行い、母子相互作用の縦断観察を実施した。当時カンパラでは離乳時に幼児を数日間親戚に預けて母乳を「忘れさせる」慣習があり、彼女はこの自然実験的状況に着目した。この成果『Infancy in Uganda』(1967) は、愛着発達が言語・文化・地理を超えた普遍的特徴を持つことを示す古典的フィールド研究となり、彼女自身も「児童発達を志すすべての研究者に異文化フィールドワークを義務づけたい」と述べている。
1958年からジョンズ・ホプキンス大学で発達心理学准教授となり、ボウルビィと対等な研究パートナー関係を築く。当時のジョンズ・ホプキンスでは女性は男性教員と別の食堂を強制され、男性学科長との非公式接触が困難で、給与・昇進も実力に見合わない待遇を強いられた。彼女はこの障壁の中で観察データを集め続けた。1960年の離婚という個人的危機を経て、1965年に「Strange Situation 手続き」を考案した。8つのエピソード (養育者の入退室と見知らぬ人の登場) で乳児の探索行動と再会反応を観察する20分間の実験室手続きである。ボルティモアでの26人の追跡研究で、彼女は乳児を安全型 (B)、回避型 (A)、抵抗型 (C) の3類型に分類した。回避型の児が表面的に平静であっても心拍数が上昇していることが後の生理学的研究で示され、彼女の「平静は防衛である」という仮説の妥当性が確認された。後に弟子メアリー・メインが無秩序型 (D) を追加した。著作『Patterns of Attachment』(1978) は発達心理学の古典となり、1989年APA特別科学貢献賞、1998年同生涯功労金メダルを受賞した。1999年バージニア州で逝去。彼女の業績は単なる愛着理論の補強ではなく、行動の細部を見る眼と異文化を学ぶ謙虚さの統合として、現代の発達研究法の手本であり続けている。
専門家としての評価
エインスワースは観察研究によって愛着理論を「思弁的概念」から「測定可能なパラダイム」へ昇華させた発達心理学の母である。Strange Situation はジョンズ・ホプキンス時代に女性であるが故に同僚男性教授との食堂分離など待遇差別を受けながら作り上げた。実験室手続きの妥当性は中産階級米国サンプルへの依存、1分間母分離の児童ストレスといった倫理問題、日独中サンプルでの分布差から批判もあるが、その後の40年以上にわたり世界中で再現されている。