哲学者 / 現代西洋

ジョン・ロールズ
アメリカ合衆国 1921-02-21 ~ 2002-11-24
20世紀後半を代表する米国の政治哲学者(1921-2002)。1971年刊行の主著『正義論』(A Theory of Justice)で、ホッブズ以来停滞していた政治哲学を再興。「無知のヴェール」と「正義の二原理」で、福祉国家リベラリズムに哲学的基礎を与え、英語圏政治哲学の40年間を「ロールズ・インダストリー」と呼ばせるほど決定的な影響を残した。
この人から学べること
ロールズの「無知のヴェール」は、現代経営者・政策立案者・スタートアップ創業者に最も実用的な思考ツールを提供する。新しい制度・規程・組織設計を考えるとき、「自分が最弱者の立場に置かれてもこの仕組みに同意できるか」を問う訓練――これは公正性チェックの最強アルゴリズムだ。GoogleやSlackなど主要テック企業の人事制度設計、ESG投資の判断基準、UBI論争まで、ロールズ的思考はあらゆる場面で隠れた基準として働いている。彼の「格差原理」は、企業内の報酬設計に応用可能だ。CEO報酬と最低賃金の比率を、最も不遇な従業員の利益という基準で評価し直すことで、表面的な平等主義でも盲目的な実力主義でもない、実質的に持続可能な制度を設計できる。メンタルヘルスの観点では、「自分は今この社会のどこに位置していて、ヴェールを取り去ったとき何が見えるか」と問う訓練は、自己肯定感の問題を構造的視点から軽くする効果がある。個人の不運の多くは社会設計の欠陥に起因していると見えてくるからだ。
心に響く言葉
各人は正義に基づく不可侵性を持ち、社会全体の福祉によってさえもそれは覆されえない。
Each person possesses an inviolability founded on justice that even the welfare of society as a whole cannot override.
無知のヴェール。
The veil of ignorance.
社会的・経済的不平等は、社会の最も不遇な人々にとっての最大の利益となるよう編成されねばならない。
Social and economic inequalities are to be arranged so that they are both to the greatest benefit of the least advantaged members of society.
正義は社会制度の第一の徳であり、真理が思想体系の第一の徳であるのと同じである。
Justice is the first virtue of social institutions, as truth is of systems of thought.
生涯と功績
ジョン・ボードリー・ロールズ(1921-2002)は、20世紀後半の英語圏政治哲学を一人で再興させた人物である。1971年に刊行された『正義論』は、当時アイザイア・バーリンが「政治理論はもはや存在するのか」と嘆くほど停滞していた分野に、決定的な復活劇をもたらした。
メリーランド州ボルチモアの裕福な弁護士の家に5人兄弟の次男として生まれた。少年時代の重大な経験は、彼自身が罹った疫病を二人の弟に感染させ、両方とも亡くしてしまったことである。伝記作家ポッゲはこれをロールズの「最も重要な幼年期の出来事」と評する。プリンストン大学を1943年に卒業後、太平洋戦争に陸軍歩兵として従軍。フィリピン戦線、占領下の日本での広島原爆投下後の惨状を目の当たりにして、それまでの強いキリスト教信仰を喪失し無神論者となる。1946年に除隊した。
戦後プリンストン大学院で道徳哲学を専攻し、1950年に博士号取得。1952年にフルブライト奨学金でオックスフォードへ留学し、アイザイア・バーリンとH.L.A.ハートの強い影響を受けた。コーネル、MITを経て1962年からハーバード大学で教鞭をとり、1991年に名誉教授となる。1995年に最初の発作を起こした後も、晩年の傑作『万民の法』を完成させた。2002年、自宅で81歳で没。
『正義論』の核心は、「無知のヴェール」(自分の社会的地位・能力・性別・人種を一切知らない仮想状態)に置かれた合理的な人間が選ぶであろう正義の原理を導出することにある。彼の結論は二つの原理だった。第一原理:すべての人は平等な基本的自由(言論・信教・集会・思想の自由)への権利を持つ。第二原理:社会経済的不平等は、(a) 機会の公正な平等の下で全員に開かれた地位に付随し、(b) 最も不遇な人々の最大利益となる場合にのみ許容される。後者の「格差原理」は最も論争的だが、ロールズ哲学を象徴する。
ノージックの『アナーキー・国家・ユートピア』(1974)が右からの強烈な批判を加え、コミュニタリアニズム(マッキンタイア、サンデル、テイラー)が共同体の側から異論を提示した。アマルティア・センは「正義の理念」(2009)で、彼の理想理論的アプローチを実証主義的に修正した。これらの応酬を通じて、英語圏政治哲学は1970年代以降「ロールズ・インダストリー」と呼ばれるほど活発化した。1993年の『政治的リベラリズム』では「重なり合うコンセンサス」概念で多元社会の正当性問題に応答し、1999年の『万民の法』では国際正義論を展開した。1999年、米国人文学メダルをクリントン大統領から授与されている。
彼の人物像で語られるのは、生涯の趣味が読書索引作成だったこと、妻マーガレットと結婚したきっかけが共通の索引趣味だったことだ。本人の『正義論』索引も妻と二人で作成した。地味で温厚で、講義は聞き取りにくい小声だったが、その思考の深さで世代の哲学者を養成した。学生にハーバード大学院の哲学教授を13人輩出している。
戦時の広島原爆体験と、二人の弟を疫病で亡くした幼少期の罪責感が、彼を「最も不遇な人々の最大利益」という第二原理に向かわせた、と一部の伝記作家は推察する。哲学が個人の傷から発するという見方の典型例である。彼自身は極めて控えめな性格で、こうした個人史と思想の関係を本人が公の場で語ることはほとんどなかった。だが彼が遺した思考は、無数の哲学者・経済学者・法律家の出発点となり続けている。
専門家としての評価
20世紀英語圏政治哲学の系譜において、ロールズはホッブズ・ロック・ルソーの社会契約説の伝統を、カント的な倫理的普遍主義と組み合わせて現代に蘇らせた中心人物である。ノージック(リバタリアニズム)、サンデル・マッキンタイア(コミュニタリアニズム)、ハーバーマス(討議倫理)、アマルティア・セン(ケイパビリティ・アプローチ)など、彼への応答が現代政治哲学の主要潮流を形成した。「ロールズ・インダストリー」は今も拡大し続けている。