経済学者 / post_keynesian
Joan Robinson
イギリス
1903年イギリス生まれの経済学者。ケインズの弟子としてケンブリッジ学派の中心人物となり、不完全競争の理論(1933年)で経済学に革新をもたらした。資本論争でアメリカの新古典派と論戦を展開し、ポスト・ケインズ経済学の基礎を築いた。ノーベル経済学賞を受賞しなかった最も偉大な経済学者の一人とされる。
この人から学べること
ロビンソンの思想は現代のビジネスと投資に二つの重要な示唆を与える。第一に、「経済学者に騙されないようにする」という彼女の教訓は、コンセンサス予測や主流モデルへの批判的態度の重要性を示す。市場参加者は「GDP成長率」や「均衡価格」といった概念が、理論的前提に依存した構築物であることを忘れがちである。第二に、資本論争における彼女の洞察は、企業価値評価の循環性の問題に直結する。DCFモデルにおける割引率の設定が企業価値を決定し、企業価値が資本コストを規定するという循環は、ロビンソンが指摘した資本測定の循環論法の現代版である。第三に、彼女の不完全競争理論は、プラットフォーム企業による価格設定力や市場支配力の分析に今なお直接適用可能である。
心に響く言葉
経済学を学ぶ目的は、経済問題への既製の答えを得ることではなく、経済学者に騙されないようにする方法を学ぶことである。
The purpose of studying economics is not to acquire a set of ready-made answers to economic questions, but to learn how to avoid being deceived by economists.
資本主義に搾取されることよりも悪いことは、資本主義に搾取されないことである。
The only thing worse than being exploited by capitalism is not being exploited by capitalism.
私は数学を学ばなかったので、考えなければならなかった。
I never learned math, so I had to think.
生涯と功績
ジョーン・ロビンソンは20世紀経済学における最も知的に恐れられた存在であった。その鋭い論理と容赦ない批判精神で、新古典派の資本理論の根幹を揺るがし、主流経済学が回避してきた問題に正面から取り組んだ。
1903年にサリー州で生まれ、ケンブリッジ大学ガートンカレッジで経済学を学んだ。1931年にケンブリッジの経済学講師となり、ケインズのサーカス(内輪の研究グループ)のメンバーとして『一般理論』(1936年)の形成に貢献した。
1933年に発表した『不完全競争の経済学』は、完全競争の仮定を緩和し、企業が価格設定力を持つ現実的市場を分析した画期的著作であった。エドワード・チェンバレンの『独占的競争の理論』とほぼ同時期に発表され、産業組織論の基礎を形成した。
ロビンソンの最大の知的遺産は「ケンブリッジ資本論争」(1950-60年代)における役割である。彼女はアメリカのMIT(サミュエルソン、ソロー)に対し、新古典派の生産関数における「資本」の測定が循環論法に陥っていることを指摘した。資本の量を測定するには利子率が必要だが、利子率を決定するには資本の量が必要である、と。この批判は論理的には勝利したとされるが、主流経済学はその含意を受け入れず、新古典派のモデルは使い続けられた。
ロビンソンは晩年、中国の文化大革命やカストロのキューバを称賛したことで評価を損なった。しかしその理論的業績、特に不完全競争理論、資本理論批判、経済成長理論への貢献は、ポスト・ケインズ経済学の基礎として今日も影響力を持つ。1983年にケンブリッジで79歳で死去。ノーベル経済学賞の最有力候補とされながら受賞できなかった事実は、経済学界のジェンダーバイアスの象徴として議論されている。
専門家としての評価
経済学者の中でロビンソンは「異端の正統」とでも呼ぶべき存在である。ケインズの最も近い弟子でありケンブリッジの正統であったが、資本論争を通じて新古典派主流に対する最も鋭い批判者となった。彼女は「正しいが無視された」経済学者の典型であり、論理的に勝利した論争(資本論争)が実質的に何も変えなかったという経験は、学問における「正しさ」と「影響力」の乖離を象徴している。