科学者
物理学

スブラマニアン・チャンドラセカール
1910年インド生まれのアメリカの天体物理学者。白色矮星の質量に上限があることを理論的に示した「チャンドラセカール限界」を提唱し、恒星の終焉に関する理解を革命的に変えた。1983年にノーベル物理学賞を

マリア・ゲッパート=メイヤー
1906年ドイツ生まれのアメリカの物理学者。原子核の殻模型を提案し、核子が特定の「魔法数」で安定する理由を理論的に説明した。1963年にヨハネス・ハンス・イェンゼンとともにノーベル物理学賞を受賞。マリ

イブン・アル・ハイサム
965年バスラ(現在のイラク)生まれの数学者・物理学者・天文学者。光学の基礎理論を構築し、視覚が目から出る光線ではなく物体から反射された光が目に入ることで生じるという正しいメカニズムを初めて体系的に論

ニールス・ボーア
1885年デンマーク生まれの理論物理学者。原子のボーア模型を提唱して量子論の発展を主導し、1922年にノーベル物理学賞を受賞した。コペンハーゲン解釈として知られる量子力学の確率的解釈を確立し、世界中の

ヨハネス・ケプラー
1571年ドイツ生まれの天文学者・数学者。惑星運動に関するケプラーの三法則を発見し、コペルニクスの地動説を力学的に裏付ける道を開いた。ティコ・ブラーエの膨大な観測データを数学的に分析し、惑星軌道が楕円

ニコラ・テスラ
1856年現在のクロアチア生まれの発明家・電気技師。交流電力システムの発明により現代の電力インフラの基盤を築いた。テスラコイル、交流電動機、無線技術の先駆的研究など多岐にわたる発明を残し、エジソンの直

ニコラウス・コペルニクス
1473年ポーランド生まれの天文学者。晩年の著書『天球の回転について』で太陽中心説(地動説)を提唱し、約1400年続いたプトレマイオスの天動説を覆す天文学革命の端緒を開いた。聖職者・医師・行政官として

アイザック・ニュートン
1643年イングランド生まれ。万有引力の法則と運動の三法則を定式化し、古典力学の体系を築き上げた自然哲学者。微積分法の創始、光のスペクトル分析など多分野にわたる業績を残し、『プリンキピア』は科学史にお

エドウィン・ハッブル
1889年アメリカ生まれの天文学者。銀河系の外にも銀河が存在することを実証し、それらの銀河からの光が赤方偏移していることから宇宙が膨張していることを発見した。ハッブルの法則(現在はハッブル=ルメートル

マックス・プランク
1858年ドイツ生まれの理論物理学者。黒体放射の問題を解決するためにエネルギー量子の概念を導入し、量子論の創始者となった。1918年にノーベル物理学賞を受賞。プランク定数hは物理学の基本定数として全て

ガリレオ・ガリレイ
1564年イタリア生まれ。望遠鏡による天体観測で木星の衛星や月面のクレーターを発見し、コペルニクスの地動説を実証的に支持した。「近代科学の父」と称され、数学を自然現象の記述言語として用いる方法論を確立

湯川秀樹
1907年京都府生まれの理論物理学者。原子核内で陽子と中性子を結合させる強い力の媒介として中間子の存在を1935年に理論的に予言した。1949年に日本人として初めてノーベル物理学賞を受賞し、戦後日本の

マリ・キュリー
1867年ポーランド生まれの物理学者・化学者。放射能の研究により1903年にノーベル物理学賞、1911年にノーベル化学賞を受賞し、異なる分野での二度の受賞を達成した史上初の人物となった。ラジウムとポロ

リチャード・P・ファインマン
1918年アメリカ生まれの理論物理学者。量子電磁力学(QED)の発展に大きく寄与し、ファインマン・ダイアグラムの考案で素粒子の相互作用を視覚的に表現する手法を確立した。1965年にノーベル物理学賞を受

ジェームズ・クラーク・マクスウェル
1831年スコットランド生まれの理論物理学者。ファラデーの電磁気学的発見を四つの方程式に統一し、電磁波の存在を理論的に予言した。マクスウェル方程式は古典電磁気学の完成を意味し、光が電磁波であることを示

スティーヴン・ホーキング
1942年イギリス生まれの理論物理学者。筋萎縮性側索硬化症と診断されながらも、ブラックホールの特異点定理やホーキング放射の理論的予測で宇宙論の最前線を牽引した。著書『ホーキング、宇宙を語る』は世界的ベ

マイケル・ファラデー
1791年イギリス生まれの物理学者・化学者。正規の学校教育をほとんど受けずに電磁誘導の法則を発見し、電磁気学の基礎理論を確立した。電動機と発電機の原理を発明し、電気分解の法則を定式化した。マクスウェル

アルベルト・アインシュタイン
1879年ドイツ生まれの理論物理学者。特殊相対性理論と一般相対性理論により時間・空間・重力に関する人類の理解を根本から書き換えた。光量子仮説で1921年ノーベル物理学賞を受賞。質量とエネルギーの等価性
生物学・医学

ヒポクラテス
紀元前460年頃、古代ギリシャのコス島に生まれた医者。病気の原因を超自然的な力ではなく自然的要因に求める合理的医学の基礎を確立し、「医学の父」と称される。「ヒポクラテスの誓い」は医療倫理の原点として今

イブン・スィーナー
980年ブハラ(現在のウズベキスタン)近郊生まれのペルシャの哲学者・医者・科学者。中世イスラム世界最大の知識人と評され、主著『医学典範(カーヌーン)』はヨーロッパの大学で17世紀まで医学の標準教科書と

Hideyo Noguchi
1876年福島県生まれの細菌学者。梅毒スピロヘータの純粋培養研究や黄熱病の病原体研究で国際的に活躍した。ロックフェラー医学研究所を拠点に中南米やアフリカで感染症の現地研究に従事し、1928年にガーナで

北里柴三郎
1853年熊本生まれの微生物学者・教育者。ドイツのロベルト・コッホに師事して破傷風菌の純粋培養と血清療法を確立し、日本の近代医学の基盤を築いた。私立伝染病研究所の創設、慶應義塾大学医学部の設立など、研

チャールズ・ダーウィン
1809年イギリス生まれの博物学者・地質学者。5年間のビーグル号航海で収集した膨大な観察データをもとに自然選択による進化論を構築し、1859年に『種の起源』を発表した。全ての生物種が共通の祖先から分岐

エドワード・ジェンナー
1749年イギリス生まれの医学者。牛痘に罹患した人間が天然痘に感染しにくいという農村の経験的知識を科学的に検証し、種痘法を開発した。この業績により「近代免疫学の父」と称され、世界保健機関による1980

アレクサンダー・フレミング
1881年スコットランド生まれの細菌学者。1928年にアオカビからペニシリンを発見し、世界初の抗生物質の道を開いた。この発見は感染症治療を根本から変革し、数百万人の命を救ったとされる。1945年にフロ

グレゴール・ヨハン・メンデル
1822年オーストリア帝国生まれの修道士・生物学者。エンドウマメの交配実験を通じて遺伝の法則を発見し、「遺伝学の祖」と称される。優性の法則、分離の法則、独立の法則という三つの法則は生前ほぼ無視されたが

南方熊楠
1867年和歌山県生まれの博物学者・生物学者・民俗学者。粘菌の研究で世界的に知られるとともに、菌類・藻類・コケ・シダなど多分野の生物を調査した。日本に生態学の概念を早期に導入し、神社の鎮守の森の保護運

ロザリンド・フランクリン
1920年イギリス生まれの物理化学者・結晶学者。X線回折法を用いてDNAの構造解析に不可欠な実験データ(写真51番)を取得し、二重らせん構造の解明に決定的な貢献を果たした。しかしその功績は長年にわたり

ルイ・パスツール
1822年フランス生まれの生化学者・細菌学者。微生物が発酵や病気の原因であることを実証し、自然発生説を否定した。狂犬病ワクチンの開発や低温殺菌法の考案など、医学と産業に革命的な変化をもたらした「近代細

レイチェル・カーソン
1907年アメリカ生まれの生物学者・作家。農薬として使われるDDT等の化学物質が生態系に及ぼす深刻な影響を告発した著書『沈黙の春』(1962年)は、環境問題への世界的な認識を一変させた。化学産業の激し
化学

ロバート・ボイル
1627年アイルランド生まれの自然哲学者・化学者。気体の体積と圧力の反比例関係を示す「ボイルの法則」で知られる。著書『懐疑的化学者』でアリストテレスの四元素説を批判し、元素を実験的に確認可能な物質とし

ドミトリ・メンデレーエフ
1834年ロシア生まれの化学者。元素の性質が原子量に応じて周期的に変化するという法則を発見し、1869年に周期表を作成した。未発見の元素の存在と性質を正確に予言したことで周期律の妥当性を実証し、化学の

アントワーヌ・ラヴォアジエ
1743年フランス生まれの化学者。質量保存の法則の発見、酸素の命名、フロギストン説の否定などの功績から「近代化学の父」と称される。定量実験という方法論を化学に持ち込み、化学を錬金術的な思弁から精密科学

ライナス・ポーリング
1901年アメリカ生まれの量子化学者・平和活動家。化学結合の本性を量子力学で説明する業績により1954年にノーベル化学賞を、核実験反対運動により1962年にノーベル平和賞を受賞した。異なる分野での二度

アルフレッド・ノーベル
1833年スウェーデン生まれの化学者・発明家・実業家。ニトログリセリンの安全な取り扱いを可能にするダイナマイトを発明し、350以上の特許を取得した。軍需産業で莫大な富を築く一方、遺産を基にノーベル賞を
数学

フワーリズミー
780年頃、中央アジアのホラズム地方生まれのイスラム科学者。代数学の体系化を行った著書『アル=ジャブル・ワル=ムカーバラ』から「代数(algebra)」の語が生まれた。また「アルゴリズム」の語源となっ

レオンハルト・オイラー
1707年スイス生まれの数学者・理論物理学者・天文学者。解析学、数論、グラフ理論、力学、光学など数学と物理学のほぼ全分野に業績を残し、科学史上最も多産な数学者とされる。右目を失明し後に左目も失ったが、

祖沖之
429年中国南北朝時代の南朝に生まれた天文学者・数学者・発明家。円周率πの値を3.1415926と3.1415927の間に精密に計算し、当時の世界で最も正確な近似を達成した。大明暦の編纂や指南車の改良

カール・フリードリヒ・ガウス
1777年ドイツ生まれの数学者・天文学者・物理学者。数論、統計学、天文学、電磁気学など広範な分野に根本的な貢献を果たし、「数学の王子」と称された。正17角形の作図可能性の証明から始まり、素数定理の予想

関孝和
1642年頃に生まれた江戸時代前期の和算家。行列式の理論をライプニッツに先行して独自に発見し、「算聖」と称された。筆算代数の体系化、円理(円周率の計算法)の発展など、日本独自の数学体系である和算を世界

エイダ・ラブレス
1815年イギリス生まれの数学者。詩人バイロンの娘であり、チャールズ・バベッジの解析機関に関する注記の中で、世界初のコンピュータプログラムとされるアルゴリズムを記述した。計算機が単なる計算以上のことを

ユークリッド
紀元前300年頃に活動した古代ギリシャの数学者。著書『原論(ストイケイア)』は公理と定義から出発して幾何学の体系を演繹的に構築した数学史上最も影響力のある著作であり、聖書に次いで多く出版された書物とも

Archimedes
紀元前287年頃シチリア島シラクサ生まれの数学者・物理学者・技術者。浮力の原理(アルキメデスの原理)の発見、円周率の近似計算、てこの原理の定式化など数学と物理学の両分野で先駆的業績を残した。「エウレカ

アラン・チューリング
1912年イギリス生まれの数学者・暗号研究者・計算機科学者。計算可能性の理論的限界を定式化した「チューリングマシン」の概念を提唱し、第二次世界大戦中はドイツのエニグマ暗号の解読に決定的な貢献を果たした

シュリニヴァーサ・ラマヌジャン
1887年インド南部タミル・ナードゥ生まれの数学者。正式な高等教育をほとんど受けずに、独学で整数論・無限級数・連分数の分野において驚異的な数の公式と定理を発見した。イギリスのG・H・ハーディとの共同研

エミー・ネーター
1882年ドイツ生まれの数学者。抽象代数学の分野で環・体・多元環の理論を発展させ、「抽象代数学の母」と称される。対称性と保存則の関係を説明するネーターの定理は理論物理学の根幹をなす。女性研究者としてゲ

グレース・ホッパー
1906年アメリカ生まれの計算機科学者・アメリカ海軍軍人。ハーバード・マークIの最初のプログラマーの一人であり、プログラミング言語COBOLの開発に決定的な影響を与えた。コンパイラの概念を先駆的に開発


