「大王」を自称したアンティオコスは、ギリシアの自由を擁護する者と称して、敢えてローマと戦端を開いた。
Antiochus, qui se Magnum vocavit, contra Romanos bellum gerere ausus est, ut Graeciae libertatem assereret.

政治家
アンティオコス3世
セレウコス朝第6代王(在位前223-前187)。即位後反乱鎮圧、東方アナバシス(前212-前205)でパルティア・バクトリア・インドにまで宗主権を確立し「大王(メガス)」を称した。第5次シリア戦争でエジプトを破ったが、ローマとのテルモピュライ・マグネシア(前190)で敗北、アパメア条約で領土を奪われ、賠償金捻出のためエリュマイス神殿略奪中に暗殺された複合的征服者である。
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出典: リウィウス『ローマ建国史』35.32 (アンティオコスのギリシア解放声明)Verified