ハンニバルは、史上最も偉大な指揮官の第一にアレクサンドロスとピュロスを挙げ、第二に自分自身を置いた。
Hannibal omnium imperatorum primum esse Alexandrum Pyrrum, secundum se ipsum existimaret.

政治家
ピュロス
ヘレニズム期エペイロス王(在位前307-前302、前297-前272)。アレクサンドロス大王の又従弟で、ローマと激突しヘラクレア・アスクルムで連勝するも兵を失い「もう一度勝てば滅ぶ」と嘆いた。割に合わない勝利を意味する「ピュロスの勝利」の語源で、ハンニバルからは「アレクサンドロスに次ぐ第二の指揮官」と評された一方、戦略的破綻でアルゴスに客死した複合的指導者である。
この偉人の詳細を見る
出典: リウィウス『ローマ建国史』35.14Verified