起業家 / 小売

ハワード・シュルツ

ハワード・シュルツ

アメリカ合衆国 1953-07-19

20世紀アメリカの外食チェーン経営者

スターバックスを「サードプレイス」として世界80カ国に展開した

コーヒーでなく「体験」を売る発想は体験型ビジネス設計の教科書

1953年米国ニューヨーク市ブルックリン生まれの実業家。公営住宅で育ち、アメリカンフットボールの奨学金で大学を卒業した。1982年にスターバックスに入社し、イタリアのエスプレッソバー文化に着想を得て、コーヒーショップを「サードプレイス(第三の場所)」として再定義した。三度にわたりCEOを務め、世界80カ国以上に展開するグローバルチェーンを築き上げた。

名言

人生において、多くの人を責めたり自己憐憫に浸ったりすることもできる。しかし自分を奮い立たせて「自分のことは自分で責任を持たなければ」と言うこともできる。

In life, you can blame a lot of people and you can wallow in self-pity, or you can pick yourself up and say, 'Listen, I have to be responsible for myself.'

Pour Your Heart Into It: How Starbucks Built a Company One Cup at a Time (1997)Verified

どれだけ大きくなったか、いくら稼いだかで定義される成功は持続しない。成功は自分自身のものだと感じられるときにだけ、意味があり楽しいものとなる。

Success is not sustainable if it is defined by how big you become or by how much money you accumulate. Success is only meaningful and enjoyable if it feels like your own.

Pour Your Heart Into It (1997)Verified

リーダーシップの通貨は透明性である。

The currency of leadership is transparency.

シュルツのインタビュー発言として広く引用Unverified

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現代への応用

シュルツの事業構築から現代の起業家が引き出せる教訓は、体験型ビジネスの設計と組織文化の持続性に関して特に有益である。第一に、「体験のパッケージ化」がある。コーヒーそのものではなく、コーヒーを飲む空間と時間に価値を付加した。この発想は現代のコワーキングスペースや体験型リテールにも応用されている。第二に、パートタイム従業員への福利厚生の提供は、人材の定着と顧客体験の品質向上を結びつけた戦略的判断であった。労働市場が逼迫する現代において、非正規雇用者の待遇改善が競争力に直結するという認識は広がりつつある。第三に、異文化市場への適応の方法論がある。中国でのスターバックスの成功は、コーヒーを「おしゃれなライフスタイルの象徴」として位置づけ直す文化的翻訳によるものであった。グローバル展開する企業にとって、製品そのものではなく「製品が持つ文化的意味」を翻訳する能力が成否を分ける。

ジャンルの視点

起業家の類型としてシュルツは、「体験設計型のチェーン経営者」に位置づけられる。レイ・クロックがマクドナルドで「効率性」を標準化したのに対し、シュルツは「空間体験」を標準化した。両者はフランチャイズ的な拡大モデルを採用した点で共通するが、差別化の軸が根本的に異なる。シュルツの独自性は、コモディティ(コーヒー)に文化的付加価値を載せてプレミアム価格を実現した点にあり、その手法は高級食品や日用品のブランディングにも応用可能な普遍性を持つ。

プロフィール

ハワード・シュルツは、コーヒーという日常的な飲料に「体験」という付加価値を載せ、それをグローバルに展開可能なビジネスモデルへと昇華させた起業家である。ブルックリンの公営住宅からスターバックスの経営者への道のりは、アメリカン・ドリームの現代版として語られることが多いが、その本質は「場所の価値」の発見と事業化にある。

1953年、ニューヨーク市ブルックリンの公営住宅団地で、トラック運転手の家庭に生まれた。家庭は経済的に厳しく、父が職場で怪我をした際に健康保険がなかったことがシュルツの原体験の一つとなった。後にスターバックスでパートタイム従業員にも健康保険を提供するという異例の方針を取った背景には、この少年時代の記憶がある。アメリカンフットボールの奨学金でノーザンミシガン大学に進学し、卒業後はゼロックスでセールスのキャリアを始めた。

1982年、スウェーデンの家庭用品メーカーのセールス担当としてシアトルの小さなコーヒー豆焙煎販売店スターバックスを訪問し、店の雰囲気とコーヒーの品質に魅了された。同年、スターバックスにマーケティング部長として入社した。1983年のイタリア・ミラノ出張で、街角のエスプレッソバーが社交の場として機能している光景に衝撃を受けた。シュルツはこの体験を「コーヒーは飲み物ではなく、人と人を繋ぐ空間体験である」と解釈し、スターバックスをコーヒー豆の小売店からコーヒーを中心とした空間体験の提供者に転換することを構想した。

しかし当時のスターバックス創業者たちはこの構想に同意しなかった。シュルツは1985年に退社し、自らイル・ジョルナーレというエスプレッソバーを設立した。1987年にスターバックスの創業者が売却を決めた際、シュルツはイル・ジョルナーレとスターバックスを統合し、新生スターバックスの経営を始めた。1992年に株式を公開し、時価総額2億7100万ドルで上場した。

シュルツの事業モデルの核心は「サードプレイス」の概念にある。自宅が「ファーストプレイス」、職場が「セカンドプレイス」であるとすれば、スターバックスは人々がくつろぎ、交流する「第三の場所」として位置づけられた。統一された店舗デザイン、バリスタによるカスタマイズされた飲料、無料Wi-Fiの提供は、この概念を空間として実装するための施策であった。

2000年にCEOを退任した後、急速な店舗拡大による品質低下が問題視されるようになった。2008年の金融危機の渦中にCEOに復帰し、数百店舗の閉鎖と経営幹部の刷新という痛みを伴う改革を断行した。さらに、中国市場への積極展開を主導し、紅茶文化の国にコーヒー文化を浸透させる試みは、異文化市場への適応の好例として評価されている。フェアトレード認証コーヒーの積極採用やC.A.F.E.プラクティスと呼ばれる倫理的調達基準の導入も、シュルツ時代の成果である。

2017年にCEOを退任後、2022年に三度目のCEO就任を果たしたが、2023年にラクスマン・ナラシムハンに後を託した。従業員のユニオン組織化を巡る労使関係の緊張は、シュルツの「従業員は家族」という理念と、現実の労働条件との乖離を浮き彫りにした側面がある。

4冊のビジネス書の著者でもあるシュルツは、大統領選への出馬も検討するなど政治的な関心も強いが、いずれも立候補には至っていない。ブルックリンの少年が世界最大のコーヒーチェーンを築いたという物語の核心は、場所と体験に経済的価値を見出し、それをスケール可能なビジネスモデルに設計した構想力にある。