作家・文学者 / 文豪・作家
ヘンリック・イプセン
ノルウェー
ヘンリック・イプセンは「人形の家」「ヘッダ・ガーブレル」「幽霊」「民衆の敵」で近代リアリズム演劇を確立したノルウェーの劇作家。社会の偽善や女性の抑圧を鋭く描き、演劇を娯楽から社会批評の手段へと変革した「近代演劇の父」であり、シェイクスピアに次いで世界で最も上演される劇作家とされる。
この人から学べること
イプセンの「民衆の敵」が描いた「真実を語る者が多数派に弾圧される」状況は、内部告発者保護やコンプライアンスの問題と直結する。組織にとって不都合な真実を指摘する者が排除される文化は、長期的には組織を蝕む。また「人形の家」のノラの自立は、キャリアにおける「自分の人生を自分で決める」という主体性の問題として現代にも生きている。イプセンは「演劇で社会を変える」ことを実証した先駆者である。
心に響く言葉
千の言葉も、一つの行いほど深い印象を残すことはない。
A thousand words will not leave so deep an impression as one deed.
現代社会は男性のみの社会であり、その中で女性は自分自身であることができない。
A woman cannot be herself in the society of the present day, which is an exclusively masculine society.
世界で最も強い人間は、最も孤独に立つ者だ。
The strongest man in the world is he who stands most alone.
生涯と功績
ヘンリック・イプセン(1828-1906)はノルウェー南部シーエンに生まれた。薬剤師の徒弟を経てクリスチャニア(現オスロ)に出て劇作を始める。ノルウェー国立劇場の監督を経て、1864年から27年間にわたりイタリアとドイツで自発的な亡命生活を送った。
初期は「ブラン」「ペール・ギュント」など詩劇・民族劇を書いたが、1870年代後半から社会問題劇に転じた。「社会の柱」(1877年)「人形の家」(1879年)「幽霊」(1881年)「民衆の敵」(1882年)と続く社会劇は、当時のヨーロッパに衝撃を与えた。
「人形の家」はノラが夫の「人形」として生きることを拒否し、家を出る結末で世界中に論争を巻き起こした。女性の自立を正面から描いたこの作品は、フェミニズム運動の最も重要な文学テキストの一つとなった。
「幽霊」は遺伝と社会的因習の呪縛を描き、「民衆の敵」は真実を語る者が多数派に弾圧される状況を描いた。後期の「野鴨」「ヘッダ・ガーブレル」「建築家ソルネス」では象徴主義的手法を取り入れ、人間の内面により深く踏み込んだ。
イプセンの革新は、演劇に日常的な散文対話を導入し、市民社会のリアルな問題を扱ったことにある。それまでの演劇が歴史劇や喜劇に限られていたのに対し、イプセンは現代社会の道徳的・心理的問題を正面から扱う新しい演劇を創造した。その影響はチェーホフ、ストリンドベリ、バーナード・ショー、アーサー・ミラーに及ぶ。1906年にクリスチャニアで死去。78歳。
専門家としての評価
イプセンは近代リアリズム演劇の創始者であり、社会問題を演劇で扱うという革命を起こした。その影響は世界の演劇に決定的であり、「人形の家」はフェミニズム文学の古典として文学史を超えた社会的影響力を持つ。