投資家 / バリュー投資

Walter Schloss
アメリカ合衆国 1916-08-28 ~ 2012-02-19
20世紀アメリカのディープバリュー投資家
大学に通わずグレアムに学び半世紀で年率約16%を達成した
公開情報だけで市場に勝てるという事実が個人投資家を勇気づける
1916年ニューヨーク生まれ、2012年没。大学に通わずベンジャミン・グレアムの下で投資を学び、半世紀近くにわたり簡素なオフィスで年率約16%の複利リターンを達成した。バフェットが「スーパー投資家」と呼んだグレアム流ディープバリューの最後の正統な継承者であり、分散・忍耐・倹約を体現した静かなる市場の賢人である。
名言
損をしないよう努めよ。株式市場で儲ける方法は、損を恐れないことではない。
Try not to lose money. The way to make money in the stock market is not to be afraid of losing it.
会議にはあまり出向かない。報告書を読む方が、経営陣と話すよりたいていは有益だと思っている。
I don't go to many meetings. I find reading the reports is usually more informative than talking to management.
私たちは割安な株を買う。それだけだ。
We buy cheap stocks. That's all we do.
忍耐を持て。株はすぐには上がらない。
Have patience. Stocks don't go up immediately.
関連書籍
Walter Schlossの関連書籍をAmazonで探す現代への応用
シュロスの投資手法は、AI銘柄分析が台頭する現代において個人投資家に重要な気づきを与える。第一に、高度なツールがなくても市場を上回れるという事実は、技術格差を理由に投資を諦めがちな層への励ましとなる。新NISAで投資を始めた日本の個人投資家も、四季報やEDINETといった公開情報だけで十分に銘柄分析が可能だという実例である。第二に、極端な分散投資というアプローチは、一銘柄への集中で大損するリスクを避けたい初心者に適している。インデックスファンドと個別株の中間に位置するこの戦略は、「銘柄研究は楽しいが暴落が怖い」という投資家心理に寄り添う。第三に、数字だけで判断するスタイルは、情報格差に悩む個人が到達可能な手法として勇気を与える。シュロスの生涯は「規律と忍耐があれば、特別な才能がなくても資産形成は可能」という民主的な投資観の証明である。
ジャンルの視点
投資家ジャンルにおいて、シュロスはグレアム流ディープバリューの最も純粋な実践者として位置づけられる。バフェットが「素晴らしい企業を適正価格で」と進化したのに対し、シュロスは生涯にわたり「凡庸でもよいから帳簿価値以下で」という原型に忠実であった。集中投資を好むバフェットやマンガーとは対極的に、1000銘柄に及ぶ極端な分散投資を行った点も独自である。テクノロジーへの依存度は皆無に等しく、ヘッジファンド業界の華やかさとは無縁の静かな運用で半世紀を貫いた。リスク志向は極めて保守的であり、下方保全を最優先する姿勢は、防御型バリュー投資の原型と言える。
プロフィール
ウォルター・シュロスは、華やかなウォール街の喧騒とは無縁の場所から、半世紀近くにわたり卓越した投資成績を残した人物である。企業訪問を行わず、経営陣と面談せず、コンピュータも使わず、バランスシートと株価だけを頼りに銘柄を選んだその手法は、現代の情報過多な投資環境において逆説的な示唆を与え続けている。
1916年8月、ニューヨークに生まれたシュロスは、大恐慌の影響で大学進学を断念し、18歳でウォール街の証券会社にランナー(書類配達係)として職を得た。ここで運命の転機が訪れる。1930年代後半、ベンジャミン・グレアムがニューヨーク金融協会で開講した投資講座を受講する機会を得たのである。グレアムが著書『証券分析』で提唱した資産価値に基づく投資の考え方は、正規の高等教育を受けていなかったシュロスにとって、市場と向き合うための確固たる知的枠組みとなった。その教えに深い感銘を受けた彼は、第二次世界大戦への従軍を経て、戦後にグレアムの投資会社グレアム・ニューマンに入社した。ここでは若きウォーレン・バフェットとも机を並べている。
1955年、グレアム・ニューマンの解散に伴い、シュロスは独立して自身の投資パートナーシップを設立した。運用は極めて質素な形態で行われた。マンハッタンの小さなオフィスに息子のエドウィンと二人で陣取り、秘書も雇わず、アナリストレポートも購読しなかった。投資判断の材料はバリューライン社の統計データとSEC提出書類が中心で、企業の帳簿価値を下回る価格で取引されている銘柄を辛抱強く拾い集めるというグレアムの正統な手法を忠実に守った。
この愚直な手法がもたらした成果は注目に値する。1955年から2002年までの約47年間、シュロスのパートナーシップは手数料控除後で年率約16%のリターンを達成し、同期間のS&P500指数の約11%を大幅に上回った。特筆すべきは、この成績を約1000銘柄への極端な分散投資で実現した点である。集中投資を好むバフェットとは対照的に、シュロスは一銘柄あたりの比率を低く抑え、個別銘柄の下落リスクをポートフォリオ全体で吸収する戦略を採った。彼のポートフォリオは常時100銘柄前後を保有し、一つの判断ミスが全体を毀損しない構造を意図的に維持していた。
シュロスの名が広く知られるようになったのは、バフェットが1984年にコロンビア大学で行った講演「グレアム・ドッド村のスーパー投資家たち」による。バフェットはこの講演で、効率的市場仮説に対する反証として、グレアム流の投資家たちが長期にわたり市場を打ち負かしてきた事実を提示した。シュロスはその筆頭として紹介され、学歴も人脈もコンピュータもなく、ただグレアムの原則に従って静かに富を築いたその姿は、投資の世界における機会の平等を象徴するものとなった。
シュロスの投資哲学は驚くほどシンプルにまとめられる。第一に、企業の資産価値(帳簿価値)を大きく下回る価格で買うこと。第二に、経営陣が株式を保有しているかを確認すること。第三に、忍耐を持って価値が顕在化するまで待つこと。第四に、損失を恐れること。彼は「まず損をしないことが重要だ。利益は後からついてくる」という信念を生涯にわたり実践した。
2003年にパートナーシップを閉鎖した後も投資に対する情熱は衰えなかった。晩年は慈善活動にも力を注ぎ、2012年2月に白血病により95歳で他界した。シュロスが残したのは、複雑な金融工学やアルゴリズムとは無縁の、人間の規律と忍耐だけで市場と向き合える可能性の証明である。