スポーツ選手 / テニス

アーサー・アッシュ
アメリカ合衆国
1943年バージニア州リッチモンド生まれ、黒人初のウィンブルドン・全米・全豪チャンピオンとしてテニス界の人種障壁を打破したアスリート。引退後はアパルトヘイト反対運動やHIV/AIDS��発活動に尽力し、スポーツを超えた社会活動家として生きた。知性と品格をもって差別と闘い続けた静かなる革命家である。
この人から学べること
アッシュの「今いる場所から始めよ」という教えは、完璧な条件を待って行動を先延ばしにする人々への最良のアドバイスである。資源や環境が限られていても、手元にあるもので始めることが重要だ。また、彼のウィンブルドン決勝での戦術(パワーにパワーで対抗するのではなく、知性で翻弄する)は、ビジネスにおける差別化戦略の好例である。競合の強みと同じ土俵で勝負するのではなく、相手の弱点を突く独自のアプローチを取ること。そして引退後の社会活動は、キャリアの成功を社会還元に転化する理想的モデルである。
心に響く言葉
今いる場所から始めよ。持っているものを使え。できることをせよ。
Start where you are. Use what you have. Do what you can.
真の英雄主義は驚くほど地味で、まったくドラマチックではない。それはどんな代償を払ってでも他者を凌駕する衝動ではなく、どんな代償を払ってでも他者に奉仕する衝動である。
True heroism is remarkably sober, very undramatic. It is not the urge to surpass all others at whatever cost, but the urge to serve others at whatever cost.
得るものから生計は立てられる。しかし人生を作るのは、与えるものである。
From what we get, we can make a living; what we give, however, makes a life.
生涯と功績
アーサー・アッシュは、テニスという「白人の紳士のスポーツ」に黒人として初めて頂点に立ち、その後はラケットをペンに持ち替えて社会正義のために闘い続けた人物である。彼の人生は、スポーツ選手の社会的責任の最も知的で洗練された表現であった。
1943年、バージニア州リッチモンドの人種隔離政策下で生まれた。公共のテニスコートが黒人に開放されていなかったため、父が管理する黒人専用の公園でテニスを始めた。UCLAに進学し、1965年にはNCAAシングルスとダブルスの両タイトルを獲得した。
1968年、全米オープンで優勝。黒人男子初のグランドスラムタイトルであった。1970年の全豪オープン、そして1975年のウィンブルドンでも優勝。特にウィンブルドン決勝でのジミー・コナーズ戦は、パワーで圧倒するコナーズに対し、アッシュが緩急とスライスで翻弄するという戦術的傑作であった。
アッシュのテニスは知性の体現であった。相手の弱点を分析し、ゲームプランを立て、冷静に実行する。感情を表に出さず、優雅かつ論理的にプレーするスタイルは、彼の人格そのものの表出であった。
引退後の活動は多岐にわたった。南アフリカのアパルトヘイトに反対し、同国でのテニスツアー開催に抗議。全米テニス協会の理事としてマイノリティ選手の育成に努めた。1988年にはアフリカ系アメリカ人の歴史に関する3巻本を出版した。
1992年、心臓手術時の輸血によるHIV感染を公表。残された時間で HIV/AIDS 啓発活動に全力を注いだ。「AIDSであることは私の人生最大の負担ではない。黒人であることの方がずっと重い負担だった」という言葉は、アメリカの人種問題の根深さを物語る。
1993年、49歳でAIDS関連の肺炎により死去。全米テニスセンターのメインスタジアムはアーサー・アッシュ・スタジアムと命名され、毎年全米オープンが開催されている。テニスの技術だけでなく、知性、品格、勇気のすべてにおいて、彼は模範であり続けている。
専門家としての評価
アッシュはテニス界における「静かな革命家」であり、アリのような声高な抗議ではなく、卓越した技術と知的な振る舞いで壁を壊していったスタイルが独特である。競技者としてのキャリアと引退後の社会活動家としてのキャリアが同等の重みを持つ稀有なアスリートであり、「スポーツの後の人生」の在り方としても模範的である。