投資家 / バリュー投資

李嘉誠

李嘉誠

カナダ 1928-06-13

20世紀香港の実業家・投資家

プラスチック花製造からアジア屈指の財閥を築いた

危機で買い繁栄で売る逆張りの規律は長期投資の要諦

1928年広東省潮州に生まれ、12歳で戦火を逃れて香港に渡り、プラスチック花の製造から身を起こしてアジア屈指の財閥・長江実業グループを築いた実業家にして投資家。不動産、通信、港湾、小売、エネルギーと多角的な事業を展開し、2024年時点でフォーブス世界長者番付で資産373億ドルと評される。質素な生活を貫く姿勢と巨額の慈善活動でも知られる。

名言

ビジョンはおそらく我々の最大の強みである。それは思考の力と継続性に対して我々の目を開かせてきた。

Vision is perhaps our greatest strength... it has kept us alive to the power and continuity of thought.

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人を指さす前に、自分の手がきれいかどうか確かめなさい。

Before you point your fingers, make sure your hands are clean.

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成功の秘訣は、機会が訪れたときに準備ができていることだ。

The secret of success is to be ready when your opportunity comes.

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現代への応用

李嘉誠の投資人生から現代の個人投資家が学ぶべき最大の教訓は、「危機はチャンスである」という原則の実践方法である。1967年の香港暴動で不動産を買い集め、2010年代に中国不動産から欧州インフラへ資産を移した彼の判断は、いずれも群衆が恐怖や楽観に支配されている局面での逆張りであった。NISAやiDeCoで長期投資を行う個人投資家にとって、暴落時にパニック売りせず、むしろ追加投資の好機と捉える心理的準備が重要であることを嘉誠の事例は示している。また、事業ポートフォリオの地理的分散は、個人投資家の資産配分にも応用できる。日本株のみに集中するのではなく、全世界株式やグローバルREITを組み合わせることで、特定地域のリスクを軽減できる。さらに嘉誠の質素な生活態度は、収入が増えても支出を増やさないという本多静六と共通する蓄財の鉄則を体現している。資産形成の本質は派手な投資テクニックではなく、日々の支出管理にあることを再認識させてくれる。

ジャンルの視点

投資家の類型において李嘉誠は、実業家型投資家の最高峰に位置する。バフェットが株式市場を通じて企業を所有するのに対し、嘉誠は自ら事業を創業・買収・経営することで価値を創出する。純粋な金融投資家というよりも、資本配分に秀でた事業経営者である。不動産からインフラ、通信、小売へと事業を多角化する過程は、一種のポートフォリオ運用であり、各事業のキャッシュフロー特性を考慮した資本配分の巧みさが際立つ。アジアの実業家として欧米の投資家とは異なる文脈で資本主義を実践した点も重要である。

プロフィール

李嘉誠は、20世紀後半の香港経済の台頭を象徴する実業家であり、アジアの企業家精神の代名詞的存在である。戦争で故郷を追われた少年が、一代で世界有数の財閥を築き上げた物語は、資本主義の力と個人の意志がいかに人生を変えうるかを示す壮大な事例である。

1928年、中国広東省潮州に教師の家庭に生まれた。日中戦争の戦火を逃れ、1940年に家族で香港に移住した。しかし父は間もなく結核で亡くなり、12歳の嘉誠は学校を中退して時計バンドの工場で働き始めた。この幼くしての労働経験が、後の勤勉さと倹約の精神の原点となったとされる。工場で働きながら独学で英語や会計を学び続け、やがてプラスチック製品のセールスマンとして頭角を現した。営業成績は同僚を大きく上回り、17歳で工場の管理職に抜擢されたと伝えられる。

1950年、22歳で長江プラスティックを設立した。当初はプラスチック製品の製造を手がけ、特にイタリアで流行していた造花(プラスチック花)の製造で成功を収めた。この事業で蓄えた資金を元手に、1960年代から香港の不動産市場に本格参入する。1967年の香港暴動で不動産価格が暴落した際、多くの投資家が逃げ出す中で嘉誠は積極的に土地を買い集めた。この逆張りの判断が、後の不動産帝国の礎となった。暴動が収束し香港経済が回復すると、取得した不動産の価値は何倍にも跳ね上がった。

1979年、嘉誠は英系財閥ハチソン・ワンポアの経営権を取得し、香港の華人実業家として初めて英系大手企業を買収した歴史的な一歩を記した。これを機に長江実業グループは不動産にとどまらず、港湾運営、通信、小売、エネルギー、インフラストラクチャーと事業を多角化し、世界50カ国以上で事業を展開する巨大コングロマリットへと成長した。CKハチソン・ホールディングスは香港証券取引所の時価総額で大きな比率を占めるに至った。

嘉誠の投資哲学は、極めて実践的なバリュー投資に根ざしている。安値で買い、高値で売るという原則を徹底し、市場が悲観に傾いた局面で積極的に動く逆張り精神が一貫していた。同時に、事業ポートフォリオの分散を重視し、単一の市場や産業への過度な依存を避けた。2010年代には中国本土の不動産市場から段階的に資産を引き揚げ、欧州のインフラ資産に振り向ける大規模なポートフォリオ再編を行った。この判断は当時物議を醸したが、中国不動産市場のその後の低迷を考えれば先見性があったと評価する声もある。

リスク管理において嘉誠が常に強調するのは「キャッシュフローの確保」である。どれほど資産価値が上昇しても、現金の流れが途絶えれば事業は維持できないという実業家としての現実認識が、彼の投資判断の根底にある。また、巨額の富を持ちながらも、安価なセイコーの腕時計を着用し、同じ家に数十年住み続けるという質素な生活様式で知られる。この倹約の姿勢は単なるパフォーマンスではなく、資金を事業と慈善に集中投下するための合理的な選択であった。

2018年に長江実業とCKハチソンの会長職を退任し、上級顧問に就いた。李嘉誠基金会を通じた慈善活動は総額数十億ドルに達し、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団に次ぐ世界第二位の私設財団とされる。教育、医療、地域開発に資金を投じ、慈善事業を「第三の息子」と呼ぶほど情熱を注いでいる。2019年にはフォーブスの米国外慈善家ランキングにも選出された。富を築く技術と還元する意志の双方を備えた稀有な存在である。